【コラム】暮らしと人生と「時代」に寄り添う音楽 #テイチク #高田みづえ #川中美幸 #石原裕次郎 #八代亜紀 #雅夢




「一枚の写真」で振り返る1980年のテイチク




テイチクエンタテインメントが2月11日、国内の老舗レコード会社として創立89年目を迎えました。



1934年(昭和9年)2月11日、奈良の地で「帝国蓄音機株式会社」として創業以来、古賀政男、三波春夫、石原裕次郎といった国民的大スターと共に多くのヒット曲を送り出し、皆様の暮らしや人生に寄り添ってきました。


「演歌・歌謡曲のテイチク」と称されることもありますが、大きく変革した音楽ビジネス市場において、これからも皆様に寄り添う音楽を提供していけるよう邁進していきます。


来年は創業90年。そして、来るべき「100周年」に向けて数々のアーティストの皆様と共に進む「テイチク」にご期待ください!




さて、昨日Twitterの「おとなのおと」アカウントにこちらの写真を掲載させて頂きました。


この写真は、1981年に行われた「前年のヒットを称える」テイチクヒットパーティで撮られたものです。


「昭和」を知る『おとな世代』の皆様なら、こちらに写っている大スターの方々が誰か一目瞭然!?ですよね。







左から、雅夢(ガム)のお二人、川中美幸さん、高田みづえさん、石原裕次郎さん、八代亜紀さんになります。



まさに今振り返ると大変豪華で貴重な一枚ですが、この1981年に行われたパーティ。こちらに写っているアーティストの皆様の「前年のヒット」、すなわち1980年のヒット曲をご存じですか?




子どもから大人まで真似をした振り付けで国民的大ヒット曲となったあの曲




まず、雅夢のお二人は、当時数々のアーティストを輩出していた「ヤマハポピュラーソングコンテスト」(1980年5月・第19回)つま恋本選会で「愛はかげろう」を歌い優秀曲賞を受賞。同年9月に「愛はかげろう」でテイチクからデビューを果たし、TBS「ザ・ベストテン」へ初出演するなどデビュー曲から69万枚の大ヒットとなりました。







川中美幸さんは、1980年3月に発売した「ふたり酒」が大ヒット。その後もロングセールスを続け、同曲で1981年の「第32回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たします。







高田みづえさんは、1980年7月に発売した「私はピアノ」(サザンオールスターズの楽曲をカヴァー)が自身最高の売り上げを記録し、同曲で「第31回NHK紅白歌合戦」に出場しました。







石原裕次郎さんは、テイチクを象徴する大看板歌手として、所属アーティストだけでなく社員を含めまさに「ボス」的存在でテイチクを牽引。歌手として1977年に発売した「ブランデーグラス」は150万枚を超える大ヒット。俳優としてはテレビドラマを中心にお茶の間でも人気の国民的大スターでした。







そして、八代亜紀さんは、1980年4月に発売した「雨の慕情」が演歌ファンだけでなく世代を超えて大ヒット。多くの方の記憶にも残っている年末の「レコード大賞」、「第31回紅白歌合戦」での大トリでの歌唱をはじめ、様々な音楽賞を総なめにした1980年最大の国民的大ヒット曲となりました。







当時はまだ「CD」(コンパクトディスク)が普及する前の「アナログレコード」の時代。そして、令和の時代は「サブスクリプションサービス」をはじめ、「デジタル」や「ネット」で音楽を楽しむ時代となり、音楽を取り巻く環境は大きく変遷しました。



この1980年に大ヒットしたテイチクが送りだした数々の名曲は、今もなお「カラオケ」などで歌われ続け、また「昭和」を知らないZ世代を中心とした「昭和歌謡」のリバイバルブームなどでクローズアップされています。



音楽は暮らしや人生だけでなく「時代」にも寄り添うものであることをこの「一枚の写真」で感じて頂けたら幸いです。




■先日テレビ収録で久しぶりに再会した川中美幸さんと元・雅夢の三浦和人さん







■参考「1980年の日本」Wikipedia



■テイチクエンタテインメントの作品、アーティスト情報はこちら

#おとなのおと

0コメント

  • 1000 / 1000